日野原重明さんご逝去

おはようございます。
はーぷかなでりあんの久保田のりこです。
今日は本当に本当に悲しいお知らせです。

昨日朝、私が最も尊敬する医師である聖路加国際病院の院長、日野原重明先生がお亡くなりになりました。

医学界ではめずらしく音楽の力で病気の症状が緩和することを信じておられた方でした。
音楽の力を信じている私たちにとっては精神的な拠り所であり、なくてはならない存在の方でした。

音楽療法の保険適用を政府に働きかけたご努力にも頭がさがります。

日本にとって大変重要な方で大きな宝を失った思いで一杯です。

今までの功績を称えつつ静かにご冥福をお祈りしたいと思います。
大変お疲れさまでした。そしてありがとうございました。

以下、NHKニュースからの記事を引用させていただきます。

100歳をすぎても現役の医師を続け、高齢者が活躍できる社会の在り方などについて提言を続けた、文化勲章受章者の日野原重明さんが18日朝、呼吸不全のため亡くなりました。105歳でした。(1911年10月4日生)。
日野原さんは明治44年に山口市で生まれ、当時の京都帝国大学で医学を学んで昭和16年に東京の聖路加国際病院で内科医として働き始めました。診療のかたわら、病院関係者の力を総合した「チーム医療」の重要性を主張して、看護師の教育に力を注いだほか、昭和29年には民間の病院でははじめて、人間ドックを導入し、生活習慣を改善して病気を予防するという考え方を普及させました。

日野原さんは聖路加国際病院の院長や理事長、国際内科学会や国際健診学会の会長などを務めました。また昭和45年のよど号ハイジャック事件に巻き込まれ、4日間、人質として拘束されました。こうした経験から生と死をテーマにした執筆や講演を続けて高齢者が活躍できる社会の在り方などについて積極的に提言し、平成13年に出版した「生きかた上手」がミリオンセラーとなりました。

また、音楽劇に出演したり、全国の小学校を回ったりする活動を続け、テレビ番組にも数多く出演して人間味あふれる語り口で親しまれました。平成15年に放送文化賞を受賞したほか、平成17年には文化勲章を受章しています。さらに、90歳を前に出会ったアメリカの絵本をもとに、命の尊さを伝えるミュージカル「葉っぱのフレディ」の脚本の原案を手がけるなど、生涯現役の医師を貫きながら活動の幅を広げていました。

関係者によりますと、日野原さんは体調を崩して自宅で静養を続けていましたが、18日朝6時半すぎ呼吸不全のため亡くなりました。

合掌

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